クーロン励起による完全核分光

概要

  原子核の大きさは10-12 cmオーダーで、原子の約1万分の1の大きさですから、原子核の形状は電子顕微鏡などを使っても見ることはできません。よって、これまでは原子核の励起状 態の構造から、核模型に基づいて、原子核が丸いとか、変形しているとかを類推してきました。しかしながら、原子核を十分よく記述できる核模型はまだ無く、 いくつかの核模型によって、その内部構造や形の解釈が異なっていました。
  最近私たちは、クーロン励起を用いた完全核分光実験において、核模型によらずに、核変形を精度よく決定する手法を開発することに成功しました。これ は、調べたい原子核をビームにして鉛ターゲットに当てると、原子核がクーロン力で励起されますが、その励起過程を調べることにより、全ての低励起状態間の ガンマ線転移の強さ(電磁気的転移行列要素)を決定でき、これから変形を表す物理量が直接得られることに基づきます。事実私たちは、東海研タンデム加速器 において多重ガンマ線検出装置“GEMINI”を用いて、ゲルマニウム(Ge)アイソトープに対する完全核分光実験を行い、2 MeVまでの全ての励起状態の変形度を求めることができました。

目次

1.多重クーロン励起  
2.実験によって得られる物理量
3.多重γ線検出器GEMINI
4.粒子検出器の特徴
5.ドップラー補正
6.Ge偶偶核の系統的研究 - 変形が共存する原子核の研究 -  
7.Geのバンド構造
8.2つの0+準位(変形共存)
9.基底準位の逆転



1. 多重クーロン励起
 
タンデム加速器から得られるビームをターゲットに照射すると、クーロン場により原子核が励起されます。セーフエネルギー(再接近距離5fm以上)での多重 クーロン励起では、その励起過程で核力の影響を受けません。良く知られた電磁気的相互作用のみが、この励起過程に関与しているために精度良い測定を行うこと が出来ます。

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2. 実験によって得られる物理量

重イオンを用いた多重クーロン励起では、2MeV以下の殆どの励起準位を励起することが出来ます。散乱核の角度毎のγ線の強度比をχ2 fitting code GOSIAによって解析を行うことにより、これらの励起準位に関するマトリクスエレメントを一度に得ることが出来ます。マトリクスエレメントから、換算転移 確率B(E2)や、電気四重極モーメントQなどが計算され、また<Q2>、 <cos3δ>といった励起準位の変形パラメータも得ることが出来ます。<Q2>は変形の大きさ、<cos3δ>は変 形の形を表します。さらにσ(Q2)、σ(cos3δ)からはその変形の"やわらかさ"を知ることが出来ます。


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3. 多重γ線検出器 GEMINI

BGOコンプトンサプレッサーとゲルマニウム検出器を組み合わせたアンチコンプトンガンマ線分析器は、 低バックグラウンド・高分解能を達成することが出来ます。 多重ガンマ線検出装置とは、これを多数組み合わせて球状に配置した装置です。 同時発生する多重ガンマ線を検出して、原子核の構造、特に高スピン状態の研究で多くの実績を収めています。 原研には16台のアンチコンプトンガンマ線分析器からなる多重ガンマ線検出装置("GEMINI")があります。

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4. 粒子検出器の特徴

写真はGEMINIの中心に納めた粒子検出器です。この装置の特徴は以下の通りです。

1. 105オーダーの高い計数率で測定可能。
2. クーロン励起実験に必要な位置分解能(0.5mm〜1.0mm)を持つ。
3. 重イオンを用いた実験に40日以上使用したが照射損傷による劣化は認められない。
4. GEMINIにおいて使用可能なコンパクトサイズ(110mmφ)である。
5. ガスカウンタ等に比べハンドリングが容易である。


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5. ドップラー補正

粒子検出器によって散乱角の情報が得られると、それから放出されるγ線のドップラー補正を行うことができます。ドップラー補正前には一山だった左の ピークは、ドップラー補正後には二山となり、ダブレットであったことが分かります。また補正後に出てきた右のピークはドップラー補正前では全く見いだすことが 出来ません。

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6. Ge偶々核の系統的研究 - 変形が共存する原子核の研究 -

Ge偶々核の低励起準位は72Geの特異な02+を除けば、21+が1フォノン、02+,22+,41 +が2フォノンのトリプレットと見なせるバイブレーション的な構造です。これらの準位の構造を調べる手法として 多重クーロン励起は最も適していると言えます。これらの準位の変形状態を調べるために原研タンデム加速器においてGeビームによる多重クーロン励起実験を 行いました。

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7. Geのバンド構造

多重クーロン励起の結果からGeの低励起準位はバイブレーションよりむしろバンドとして理解されることが明らかになりました。 74, 76Geにおいては22+はγバンドヘッドであり、02 +は球形のイントルーダーステートであることが分かりました。


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8. 2つの0+ 準位(変形共存)

Geの低励起準位には2つの異なる0+準位が共存している。その2つの0+ 準位の変形度を系統的に見てみると、70Geと72Geの間で変形度が逆転していることが分かりました。このことは基底準位の0 1+と励起準位の02+70Geと72 Geの間で逆転していることを示しています。

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9. 基底準位の逆転

Geの系統的な多重クーロン実験により低励起準位の準位構造が明らかになりました。特に70Geと 72Geの間では基底準位が入れ替わっていることが明らかになりました。

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参考文献はこちら