近年、核セキュリティや核不拡散の分野において、非破壊で核燃料中のウランやプルトニウムの同位体を同定し、定量する重要性が増しています。その重要性に叶う手段として、当グループでは中性子共鳴濃度分析法 [Neutron Resonance Densitometry (NRD)] を考案し、2012年から3年間にわたりNRDの研究開発をヨーロッパ委員会 ・共同研究センター ・標準物質測定研究所 (EC-JRC-IRMM)と共同で実施してきました。NRDは、福島第一原子力発電所で起こったような過酷事故で発生が予測される粒子状の溶融燃料デブリへの適用を含めて高放射能を有した複雑な混合物に含まれるウランやプルトニウムを非破壊で測定することを視野に入れています。実際、燃料デブリを対象とするような非破壊測定技術は世界的に見てもありませんでした。
NRDが目的とする燃料デブリ中の核物質の測定は例がないため、従来の測定法では大きな困難があると予測しました。そこでNRDは、パルス中性子ビームを利用している、中性子共鳴透過分析法 [Neutron Resonance Transmission Analysis (NRTA)] と中性子共鳴捕獲ガンマ線分析法 [Neutron Resonance Capture Analysis (NRCA)] あるいは即発ガンマ線分析法 [Prompt Gamma-ray Analysis (PGA)] を組み合わせる手法となっています。NRTAやNRCA/PGAは、当グループのみならず世界中の研究者達により、これまで核データの精密測定に使われてきており、信頼性が高い測定手段です。NRDにおいて中性子とガンマ線を測定する技術を組み合わせた狙いは、NRCA/PGAのガンマ線の測定により核物質以外の混入物を同定し、得られた混入物の情報をNRTAの測定にフィードバックし、ウランやプルトニウムの測定精度を向上させることです。より詳しいNRDの説明や狙いに関しては、参考文献[1-2]を参照してください。
核燃料に含まれるウランやプルトニウムは、エネルギーの低い中性子を吸収しやすいという特徴を持ちます。図1は、中性子とウランやプルトニウムとの全断面積(反応の起こりやすさ)を示します。図から、中性子との反応の起こりやすさは核種ごとに異なっており、特定のエネルギーの中性子に対して鋭くピーク状になることがわかります。全断面積がピーク形状になるのは、中性子の共鳴という反応の結果です。この中性子の共鳴反応をNRTAやNRCAは利用しています。PGAでは、共鳴反応を含めて中性子が捕獲される反応をすべて利用しています。
NRTAやNRCA/PGAでは、中性子源にて作り出したパルス中性子ビームを利用します。パルス中性子ビームを作り出して利用する利点は、2つあります。1つは、中性子飛行時間測定*1を利用して、 中性子のエネルギーを詳細に決定できることです。もう一つは、中性子源を工夫することで中性子強度を大きくすることができるため、測定にかかる時間を短くしたり、微量な核種の測定もできるようになります。
パルス中性子ビームを試料に照射して、試料を透過してきた中性子を後段に備えた検出器 (たとえば、リチウムガラスシンチレーション検出器)で計測します。試料に入射した中性子が試料により散乱されたり、吸収されたりすると、検出器で計測したデータに中性子の量が減少して観測されます。一方、試料の中で何も反応せず、ただ試料を透過してきた中性子の量は減少しません。そこで、図2のように中性子ビームの道筋に試料を置いた(a)の場合の計測カウントCinと試料を置かない(b) の場合の計測カウントCoutの比Cin/Coutを計算します。この比をTransmissonと呼びます。共鳴により中性子が減少しているところでは、Transmission 中に大きなくぼみが見られます。くぼみがあるエネルギーから核種を同定することができ、 くぼみの大きさから核種の量がわかります。
具体例を図3を示します。Transmission (灰色)は、使用済み核燃料を仮定して計算したものです。Transmissionが鋭く減少するところにウランやプルトニウムの全断面積の共鳴反応のピークが一致していることがわかります。この一致から核種を判定することができます。さらに、減少量(面積)は試料中の核種の量に依存しますので、Transmissionを解析することにより、核種の量もわかります*2。 NRTAを燃料デブリに適用したときに期待されるTransmissionや測定精度については、参考文献3 を参照してください。
パルス中性子ビームを試料に当てると、中性子が吸収されて即時にガンマ線が放出されることがあります。このガンマ線を即発ガンマ線と呼びます。即発ガンマ線のエネルギーは核種ごとに固有で、発生するガンマ線の数は試料に含まれる核種の量に比例します。ここで言う固有とは、即発ガンマ線のエネルギーが物質ごとに決まっているという意味です。花火の炎色反応のように物質ごとにさまざまな色を持っていることと類似します。したがって、試料から出てくるガンマ線を測ることにより、試料中にある核種の成分や量がわかります。こうした即発ガンマ線を利用する手法を即発ガンマ線分析法(PGA)と呼び、とくに中性子の共鳴によって発生する即発ガンマ線を利用する手法が中性子共鳴捕獲ガンマ線分析法(NRCA) です。NRCAは共鳴に由来するガンマ線を検出するため、中性子飛行時間測定法を利用することが可能となり、測定精度の向上に役立ちます。
NRDの対象として考えている福島第一原子力発電所で起こったような過酷事故で発生する溶融燃料デブリは、高い放射能を持っているために強いガンマ線を放出します (たとえば、137Csからのガンマ線)。また、ウランやプルトニウムといった核物質以外にも鉄やコンクリート、炭化ボロンなど、中性子の透過を大きく妨げるような物質が混入していると予測されます。NRDのNRTAでは、低いエネルギー領域に共鳴がない上記のようなNRTAの測定を妨害する物質を測ることができません。しかし、妨害物質も中性子を吸収することにより、物質に固有のガンマ線を放射します。ゆえに、妨害物質がはなつ即発ガンマ線を測ることにより、妨害物質を同定することができます。そして、妨害物質の情報をNRTAにフィードバックすることにより、NRTAの測定を最適化したり、解析精度を向上させたりすることがNRCA/PGAの狙いです。
上記の理由によりNRDのNRCA/PGA測定には、高放射線下においても目的とするガンマ線を測ることが可能な検出器が必要になります。そこでわれわれのグループでは、図4のようなLaBr3シンチレーション検出器を用いたガンマ線検出器を開発しました。LaBr3シンチレータを用いた理由は、微弱なガンマ線も捉えることができ(高感度)、さまざまなエネルギーのガンマ線をよく分離できて(高エネルギー分解能)、短い時間に来る多数のガンマ線も測定できる(速い時間応答)からです。これらの特徴は、燃料デブリのようにさまざまな物質を含み、自身が高放射能を有する測定に適しています。開発検出器の工夫や性能については、 参考文献[4-5]を参照してください。
上述のようにNRDの開発は、ベルギーにあるヨーロッパ委員会・共同研究センター・標準物質測定研究所(EC-JRC-IRMM)と共同で2012年度から2015年度にわたり進めてきました(現在も、アクティブ中性子法を用いた非破壊測定技術開発のためIRMMとは共同研究中です)。 そこでNRDの開発成果を広めるため、2015年3月4日と5日にNRDワークショップをIRMMで開催しました。その時の参加者の集合写真が図6で、原子力機構、IAEA、US-DOE、EC-JRCなどから50名ほどが参加しました。
IRMMには図5に示す電子線加速器施設 GELINA (Geel Electron LINear Accelerator)があり、単位時間におよそ\( 3\times10^{13} \) 個のパルス中性子を発生させることができます。NRDワークショップにあわせてNRDの原理実証のため、NRTAとNRCA/PGAのデモンストレーション実験を公開でGELINAにて実施しました。測定場所は図5に示されているNRTA測定室やNRCA測定室です。NRDは複雑な混合物中の核物質の同定と定量が目的であるため、デモンストレーション実験用に図7に示すさまざまな試料を用意しました。ただし、核物質を使うことは施設の制約上できないため、共鳴のエネルギーがウランやプルトニウムに近い試料を用意することで核燃料を含んだ混合物を模擬しました。用意した試料の中から第三者が測定者であるNRDの開発メンバにわからないように任意に複数枚の試料を選択して、アルミボックスに封入しました。そのボックスにパルス中性子ビームを照射して、測定を行いました。
図8はNRTAの測定結果です。得られたTransmissionを解析することにより、NRTA用の密封アルミボックスにはマンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニオブ(Nb)、ロジウム(Rh)、タングステン(W)が入っていたことがわかりました。表の一番右の列は、測定により導出した各々の核種の単位面積あたりの個数(面密度)と公称値との比較です。これからNRDで注目している低いエネルギー領域(数十 eV以下)に共鳴をもつ物質では2%以下の精度で面密度を測ることができたことがわかりました。
NRCA/PGAでは、LaBr3シンチレーション検出器により図9のエネルギースペクトルを得ました。 このスペクトルからニッケル (Ni) に由来するガンマ線が放射されていたことがわかりました。 さらに、中性子飛行時間スペクトルからハフニウム (Hf) とガドリウム (Gd) の共鳴が確認できました。以上により、ニッケル、ハフニウム、ガドリウムが密封されていたことがわかりました。
以上のデモンストレーション実験からNRDの有効性を示すことができました。デモンストレーション実験の結果を含め詳細は、参考文献[6]に述べられています。
*1: 中性子飛行時間測定法
中性子源で中性子が発生してから、中性子検出器で捉えられるまでの時間(これを飛行時間と呼びます)を測ることにより、中性子のエネルギーを求める手法のことです。具体的には、上記の飛行時間を\( t \)、発生源から検出器までの距離を\( L \)とすると、中性子の速さ\(V\)は、\( V=L/t \)と書けます。中性子の速さが光の速さよりも十分に遅い場合には、中性子のエネルギー\( E \)と\( V \)は \[ E = \frac{1}{2}MV^{2} \] の関係で結ばれます。\(M \)は、中性子の質量です( \(1.687\times10^{-27} \) kg)。この式と\( V=L/t \)の関係から、 \[ t (\mu s) = \frac{72.3\times L(\mathrm{m})}{\sqrt{E (\mathrm{eV})}} \] という関係が得られます。したがって、飛行時間\( t \)がわかると中性子のエネルギー\( E \)が判明します。
*2: Transmission の解析
Transmission を解析することにより核種の同定や定量ができる理由は、以下のとおりです。
今、測るべき試料の単位面積あたりに核種\( k \)が\( N_k \) (個/cm2)だけ含まれており、核種\( k \)と中性子との全断面積を\( \sigma_{k} (E) \) (cm2)と表すこととします。\( E \)は中性子のエネルギーで、\( N_k \)のことを面密度と呼びます。これらを用いると、原理的に\( C_{\mathrm{in}} \) と \( C_{\mathrm{out}} \)の関係は、 \[ C_{\mathrm{in}} = C_{\mathrm{out}} \times \exp (-\Sigma_{k} N_k \sigma_k(E)) \] と表すことができ、\( \mathrm{Transmission} = C_{\mathrm{in}}/C_{\mathrm{out}} = \exp (-\Sigma_{k} N_k \sigma_k(E)) \) になることがわかります。ゆえに、\( N_k \sigma_{k}(E) \)の値が大きいとTransmission は小さくなります(つまり、大きくへこみます)。面密度\(N_k \)は中性子のエネルギーには無関係で一定の値を取りますが、一般的に\( \sigma_{k}(E) \)は図1のように中性子のエネルギーに依存します。したがってTransmissionには\( \sigma_k(E) \)のエネルギー依存性が反映されるため、\( \sigma_k(E) \)の共鳴が大きい(小さい)ところでは、Transmission は大きく(小さく)くぼみます。
試料中の面密度\( N_k \)を知りたい場合には、\( \sigma_k(E) \)に評価済み核データライブラリ(たとえば、JENDL-4.0)の値を使用することにより、実験で得られたTransmissionから\( N_k \)を導出することができます。