1.研究の背景
元素定量分析は従来より様々な方法により多くの分野で行われており、その中でも放射化分析は広く用いられている。 特に1960年代にゲルマニウム半導体検出器が開発されてからは、高い分解能で検出できるガンマ線を用いた放射化分析が発達し、環境中にある試料、生体試 料、 宇宙地球科学的試料など様々な試料中の微量元素の含有量測定が可能となった。 しかし、この検出法は、原子炉から中性子を照射し放射化した試料を、単一のゲルマニウム検出器で測定して得られた一次元スペクトル中のピークを解析し定量 してきた。 多くの元素を含む試料の場合には生成放射能の相対強度は一部の核種に偏り、微量元素の同定は困難であり、化学分離を併用することが多く、 分離後の回収率の誤差などが最終結果に影響を与えるばかりでなく、化学分析の技術が必要である。
2.高感度検出法の開発
原研では多くの核種で同時に放出される多重ガンマ線が存在することに着目し、新たな核種分析法の開発を行った。 これは試料から放出される多重ガンマ線を多重ガンマ線検出装置によって検出し、 1次元スペクトルの代わりに2次元マトリクスを解析するもので、 1次元法に比べて1000倍の分解能が達成できる。 今回、通産省工業技術院地質調査所の発行している標準岩石試料JB-1a及びJP-1を原研研究炉JRR-4で中性子照射を行い、 東海研タンデム加速器施設の多重ガンマ線検出装置で1〜4日間測定を行った結果、化学分離なしで27核種の元素が同時に完全同定出来た。 また、同じ手法で49元素の同時定量が可能であることが明らかになった。2次元マトリクスではバックグラウンドが大幅に低減するため、 微弱なピークの検出が可能になり、存在比10-9(10億分の1)オーダーの核種の定量が出来るようになった。 本技術は「多重ガンマ線検出法と放射化分析を組み合わせた元素定量法」として特許出願した。
3.効果
多重ガンマ線検出装置は高い検出効率を有するため試料はミリグラムオーダーで足りる。 また、非破壊検査のため放射化試料をそのまま測定できるため非常に簡便であり、広範囲の試料にも適応できる。 例えば、環境にある試料や生体試料における微量な金属元素の定量や地球科学あるいは隕石の分析など宇宙科学の分野での利用が期待できる。 また129I(半減期1570万年)や 244Pu( 8080万年)を用いた年代測定が提案されているが、これらの核種を本方法で分析することにより、 年代測定への応用も期待できる。さらに近年、生体内での微量元素濃度と生体機能との関連が明らかになりつつあるが、 本方法では広範囲の元素を同時に測定できるため、今まで見逃されてきた微量元素の量を調べて、その効果を新たに研究することが可能になる。
中性子放射化分析法
試料を原子炉からの中性子を照射し、放射化する。これを単一の高分解能ゲルマニウム検出器で測定し、得られた一次元スペクトル中のピークを解析し定量を 行う方法。 一般的に生成放射能の相対強度は一部の核種に偏り、多くの微量元素を同時に分析することは困難であることが多い。 例えば生体試料では24Na、56Mn、42K、82Br、 また地質学的試料では 24Na、56Mn、42K、46Sc、59Fe などの放射能が強いため、 単一の検出器による一次元スペクトルを解析する方法では、他の短寿命核種のピークがこれらに隠れて検出されない。 そのため、化学分離により強い放射核種を除いた後に放射線測定を行うなどの必要がある。 しかしこのためには化学分析の技術が必要なだけでなく、化学分離を行った後に原子炉において再放射化を行い、目的核種の回収率を求めなくてはならない。 さらに化学分離の操作を経る事により分析の精度に影響を与える事も懸念される。
多重ガンマ線検出装置
BGOコンプトンサプレッサーとゲルマニウム検出器を組み合わせたアンチコンプトンガンマ線分析器は、 低バックグラウンド・高分解能を達成することが出来る。 多重ガンマ線検出装置とは、これを多数組み合わせて球状に配置した装置。 同時発生する多重ガンマ線を検出して、原子核の構造、特に高スピン状態の研究で多くの実績を収めている。 原研には12台のアンチコンプトンガンマ線分析器からなる多重ガンマ線検出装置("GEMINI")がある。
2次元マトリクス法
同時に発生した複数のガンマ線を、多重ガンマ線検出装置の2台以上の検出器で検出し、 得られた2個のガンマ線エネルギー値を縦軸と横軸とする2次元マトリクス上に加算してピークを検出する方法である。 1次元スペクトルのバックグラウンドは2次元平面に引き延ばされ、数カウント以下に押さえられるため、微弱なピークの検出が可能になる。
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図1 従来の検出法 |
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![]() 放射性核種から同時発生する2本のガンマ線を多重ガンマ線検出装置で同時測定して、1次元ス ペクトルの替わりに2次元のマトリクスを作る。 多核種を含む試料においても化学分離等の処理なしに、千倍のガンマ線分離能が達成され、核種の完全分離が可能になる。 |
図2 新しい検出法 |
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表1 定量可能な元素 | |
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1. |
新しい検出法で同時定量可能となった元素(49種) |
検出限界10-6−10-9(重量比) Ag,As,Ba,Br,Ca,Cd,Ce,Cl,Co,Cs,Er,Eu,Fe,Ga,Gd,Ge,Hf,Hg, I,In,Ir,K,La,Lu,Mn,Mo,Na,Nd,Ne,Ni,Os,Pt,Ra,Rb,Re,Ru, Sb,Sc,Se,Sm,Sn,Ta,Tb,Th,Ti,U,W,Yb,Zn |
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2. |
従来の放射化分析法(一次元スペクトル)で可能な元素(23種) |
検出限界10-2−10-3(重量比) Al,Ar,Au,Cr,Cu,Dy,F,Ho,Kr,Mg,Nb,Pd,Pr,Rh,S,Sr,Te,Tl,Tm,V,Xe,Y,Zr
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