微量元素の新たな高感度・高精度定量法を開発
−簡便に広範囲の微量元素の同時定量が可能−
 
1999年12月16日

 日本原子力研究所(理事長 松浦祥次郎)は、新たに多重ガンマ線検出装置(GEMINI)を使用して微量元素の高感度・高精度測定法を開発し、わずか 10ミリグラムの岩石標準試料から27元素の同時定量に成功した。
 試料を熱中性子で放射化した後に放出されるガンマ線を単一の検出器で測定する従来の放射化分析法では、 環境中の試料などのように多くの元素を含む場合には化学分離をする必要があり、 分離後の核種の回収率の誤差が分析結果に大きな影響を与えるなどの理由により微量成分の定量が困難であった。
 原研では、放射化された核種から放出される複数のガンマ線を、多重ガンマ線検出装置で同時測定し、 得られた2次元マトリクスを解析する方法を考案し、 複数核種の完全分離と同時定量に成功した。
 この方法は、従来の定量法に比べ1000倍の高分解能が得られるばかりでなく、中性子照射の後、 核種分離のための化学処理が不要なため作業者の被曝がない。 また、化学分離のプロセスがないため回収率誤差がなく、定量精度が高い。 さらに揮発性元素の定量も容易に出来るメリットがある。

 この方法によれば、測定のための試料は10ミリグラムオーダーで足り、 環境中にある試料や生体の試料における微量な重元素の定量のほか、美術品や文化財の年代測定、 半導体材料の純度測定など、多元素を含む試料の微量分析にも役立つと期待される。

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補足説明
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1.研究の背景
 元素定量分析は従来より様々な方法により多くの分野で行われており、その中でも放射化分析は広く用いられている。 特に1960年代にゲルマニウム半導体検出器が開発されてからは、高い分解能で検出できるガンマ線を用いた放射化分析が発達し、環境中にある試料、生体試 料、 宇宙地球科学的試料など様々な試料中の微量元素の含有量測定が可能となった。 しかし、この検出法は、原子炉から中性子を照射し放射化した試料を、単一のゲルマニウム検出器で測定して得られた一次元スペクトル中のピークを解析し定量 してきた。 多くの元素を含む試料の場合には生成放射能の相対強度は一部の核種に偏り、微量元素の同定は困難であり、化学分離を併用することが多く、 分離後の回収率の誤差などが最終結果に影響を与えるばかりでなく、化学分析の技術が必要である。

2.高感度検出法の開発
 原研では多くの核種で同時に放出される多重ガンマ線が存在することに着目し、新たな核種分析法の開発を行った。 これは試料から放出される多重ガンマ線を多重ガンマ線検出装置によって検出し、 1次元スペクトルの代わりに2次元マトリクスを解析するもので、 1次元法に比べて1000倍の分解能が達成できる。 今回、通産省工業技術院地質調査所の発行している標準岩石試料JB-1a及びJP-1を原研研究炉JRR-4で中性子照射を行い、 東海研タンデム加速器施設の多重ガンマ線検出装置で1〜4日間測定を行った結果、化学分離なしで27核種の元素が同時に完全同定出来た。 また、同じ手法で49元素の同時定量が可能であることが明らかになった。2次元マトリクスではバックグラウンドが大幅に低減するため、 微弱なピークの検出が可能になり、存在比10-9(10億分の1)オーダーの核種の定量が出来るようになった。 本技術は「多重ガンマ線検出法と放射化分析を組み合わせた元素定量法」として特許出願した。

3.効果
 多重ガンマ線検出装置は高い検出効率を有するため試料はミリグラムオーダーで足りる。 また、非破壊検査のため放射化試料をそのまま測定できるため非常に簡便であり、広範囲の試料にも適応できる。 例えば、環境にある試料や生体試料における微量な金属元素の定量や地球科学あるいは隕石の分析など宇宙科学の分野での利用が期待できる。 また129I(半減期1570万年)や 244Pu( 8080万年)を用いた年代測定が提案されているが、これらの核種を本方法で分析することにより、 年代測定への応用も期待できる。さらに近年、生体内での微量元素濃度と生体機能との関連が明らかになりつつあるが、 本方法では広範囲の元素を同時に測定できるため、今まで見逃されてきた微量元素の量を調べて、その効果を新たに研究することが可能になる。
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用語解説
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中性子放射化分析法
 試料を原子炉からの中性子を照射し、放射化する。これを単一の高分解能ゲルマニウム検出器で測定し、得られた一次元スペクトル中のピークを解析し定量を 行う方法。 一般的に生成放射能の相対強度は一部の核種に偏り、多くの微量元素を同時に分析することは困難であることが多い。 例えば生体試料では24Na、56Mn、42K、82Br、 また地質学的試料では 24Na、56Mn、42K、46Sc、59Fe などの放射能が強いため、 単一の検出器による一次元スペクトルを解析する方法では、他の短寿命核種のピークがこれらに隠れて検出されない。 そのため、化学分離により強い放射核種を除いた後に放射線測定を行うなどの必要がある。 しかしこのためには化学分析の技術が必要なだけでなく、化学分離を行った後に原子炉において再放射化を行い、目的核種の回収率を求めなくてはならない。 さらに化学分離の操作を経る事により分析の精度に影響を与える事も懸念される。

多重ガンマ線検出装置
 BGOコンプトンサプレッサーとゲルマニウム検出器を組み合わせたアンチコンプトンガンマ線分析器は、 低バックグラウンド・高分解能を達成することが出来る。 多重ガンマ線検出装置とは、これを多数組み合わせて球状に配置した装置。 同時発生する多重ガンマ線を検出して、原子核の構造、特に高スピン状態の研究で多くの実績を収めている。 原研には12台のアンチコンプトンガンマ線分析器からなる多重ガンマ線検出装置("GEMINI")がある。

2次元マトリクス法
 同時に発生した複数のガンマ線を、多重ガンマ線検出装置の2台以上の検出器で検出し、 得られた2個のガンマ線エネルギー値を縦軸と横軸とする2次元マトリクス上に加算してピークを検出する方法である。 1次元スペクトルのバックグラウンドは2次元平面に引き延ばされ、数カウント以下に押さえられるため、微弱なピークの検出が可能になる。
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参考資料
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図1 従来の検出法 図2 新しい検出法
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図1 従来の検出法
図1 従来の検出法

図2 新しい検出法
 放射性核種から同時発生する2本のガンマ線を多重ガンマ線検出装置で同時測定して、1次元ス ペクトルの替わりに2次元のマトリクスを作る。
多核種を含む試料においても化学分離等の処理なしに、千倍のガンマ線分離能が達成され、核種の完全分離が可能になる。
図2 新しい検出法

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図3 2次元マトリクスの例
 
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図3 2次元マトリクスの例


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多重ガンマ線検出装置"GEMINI"
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多重ガンマ線検出装置

表1 定量可能な元素
1.
新しい検出法で同時定量可能となった元素(49種)
  検出限界10-6−10-9(重量比)
Ag,As,Ba,Br,Ca,Cd,Ce,Cl,Co,Cs,Er,Eu,Fe,Ga,Gd,Ge,Hf,Hg,
I,In,Ir,K,La,Lu,Mn,Mo,Na,Nd,Ne,Ni,Os,Pt,Ra,Rb,Re,Ru,
Sb,Sc,Se,Sm,Sn,Ta,Tb,Th,Ti,U,W,Yb,Zn
2.
従来の放射化分析法(一次元スペクトル)で可能な元素(23種)
  検出限界10-2−10-3(重量比)
Al,Ar,Au,Cr,Cu,Dy,F,Ho,Kr,Mg,Nb,Pd,Pr,Rh,S,Sr,Te,Tl,Tm,V,Xe,Y,Zr