放射性ヨウ素129の迅速・高感度定量に成功(2001年10月17日)

2001年10月17日


 日本原子力研究所(理事長 村上健一)は、多重ガンマ線検出法を環境中の放射性ヨウ素129(半減期1,570万年)の分析に応用し、迅速かつ高感度で 定量することに成功した。

 原子力事故などで放出される放射性核種のうち、放射能が強く人体に大きな影響を与えるヨウ素(131I、133I) は、急速に安定な非放射性物質に変わるため、時間が経過した後での定量は困難である。 一方、半減期が極めて長いため危険性がほとんど無いヨウ素129もヨウ素131,133に対して一定の割合で放出されるので、これを測定することによりヨ ウ素131等の放射性物質の放出量を推定できる。 しかし、放射性ヨウ素129の濃度は一般的に非常に低く、自然放射能からの増加を峻別測定するのは極めて困難であ り、従来法による測定では複雑な作業に伴う精度の劣化と被ばくなどの問題もあって、新たな定量法が求められていた。

多重ガンマ線検出法は原研が開発してきた手法で、原子核から同時に放出される2つのガンマ線を複数の検出器で同時に計測する。 この方式では分解能の相乗効果から、従来の1台の検出器を使った中性子放射化分析法と比べ、約1000倍の精度で分析が可能である。 実証試験を重ねた結果、ヨウ素129の自然放射能を定量する十分な精度と迅速性を備え、照射からガンマ線測定までの時間も従来の数時間から10分オーダー に短縮できた。 大洗海岸で採取した海藻中のヨウ素の分析を行ったところ、安定同位体ヨウ素127に対するヨウ素129の比は3.5x10-10で、 この量は自然放射能と同レベルであった。

 ヨウ素の迅速、高感度定量に成功したことで、原子力事故などにもより有効に対応できるほか、ヨウ素129の長半減期を利用して、海底に眠る新エネルギー 源のメタンハイドレートや鉱物試料の1000万年オーダーを対象とした年代測定なども実用レベルで可能となり、地球科学及び資源開発といった学術、産業応 用への新たな途がひらける。

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補足説明
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1.研究の背景
 短寿命の放射性核種であるヨウ素131(131I) は、脊椎動物の甲状腺に選択的に蓄積されることが知られている。甲状腺は甲状腺ホルモンやチロカロシトニンというホルモンを分泌し、新陳代謝、心臓機能、 成長などにあずかっている。 よって、その障害により成長や知能が阻害されるおそれがある。核実験や原子炉事故の際には、揮発性であり環境中に放出されやすいヨウ素が放射線被ばく上重 要な核種となる。その際、比放射能の高いヨウ素131が重要であるが、半減期は8日間と短いため、その汚染の程度を広範囲に渡って評価することは困難で あった。 ヨウ素131の生成量は同時に発生するヨウ素129の量から算出できるので、長寿命のヨウ素129からヨウ素131を定量することが可能であるが、これま で高感度で実用的なヨウ素129の定量法はなかった。

2.高感度検出法によるヨウ素129の定量
 従来の1000倍の高分解能を達成する多重ガンマ線分析法を129Iの放射化分析に応用することにより、中性子照射後に化学分離 を行うことなく129Iから生成した130Iの迅速・高感度分析に成功した。 この方法では共存する不純物から生じるガンマ線の妨害を受けることなく、極微量の129Iを検出することが可能となる。 今回、茨城県・大洗海岸で採取した海藻試料(約100グラム)よりヨウ素を抽出した後に、原研研究炉JRR-4で中性子を照射し、タンデム加速器施設の多 重ガンマ線検出装置“GEMINI”での測定により、化学分離なしで129Iの定量を行った。 得られた値は安定同位体である127I との比で表すと129I/127I = 3.5x10-10であり、ヨーロッパで報 告されている10-(6〜8)と比べてかなり低い値に保たれていることが確認された。 また、この方法では129I/127I =10-13程度の129Iの分析が可能であることが分かった。

3.効果
 多重ガンマ線分析法は高い検出感度を有するため129I/127I =10-13と いう極低レベルの測定が可能になった。従来の放射化分析法と異なり、本法は中性子放射化後に20mSv/hと言われる高い放射線場での化学分離によって不 純物を除くプロセスが無く、ガンマ線測定までの時間を数時間オーダーから10分オーダーまで短縮できるので迅速な分析が可能となる。 さらに作業者の被ばくを著しく低減出来、健康被害を最小限に抑えられる。
ヨウ素129はその1570万年という半減期を使った年代測定の手段としても有用である。 ヨウ素は微量ながら岩石や堆積物等にも含まれるため、ヨウ素127との比から岩石や堆積物が形成されてからの年代を測定することが可能である。最近では、 新エネルギー源として期待されている深海堆積物中メタンハイドレートの生成メカニズムや、鉱石の年代測定研究への応用、さらに地球規模での大気圏、水域圏 での物質移動経路の研究などが期待されている。

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用語解説
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ヨウ素129
 129Iは1570万年の半減期を持つ長寿命の放射性核種であり、その起源には大きく分けて天然起源と人工起源の2種類がある。 天然起源には地殻中のウランの自発核分裂や、大気中のキセノンと宇宙線との核反応によって生じることが知られている。 一方、人工起源では核実験や原子力関連施設から生じる。 ヨウ素は揮発性があるため拡散しやすく、一度環境中に放出された129Iは安定同位体である127Iに混ざ ることになる。1960年代に中性子放射化分析が開発され、129Iの測定が可能になったが、同時に生成される不純物からのガンマ 線の妨害を取除くための化学分離操作が不可欠であり、また高感度の定量が困難であった。

中性子放射化分析
 試料を原子炉からの中性子により照射し、放射化する。これから放出されるガンマ線をゲルマニウム検出器で測定し、得られたエネルギースペクトル中のピー ク強度から定量を行う分析方法。 一般的に生成放射能の相対強度は元素の含有量に比例するので、微量成分からの放射能は、主要成分からのそれに妨害され検出が困難になる。 129Iの分析の場合、照射試料中に不純物として含まれるナトリウムや臭素から生成する放射能が129Iの 分析を妨害するので、化学分離によってそれら妨害核種を除去した後に放射能測定を行うことが必要になる。

多重ガンマ線検出装置
 バックグラウンドを削減する高効率シンチレーターと高分解能ゲルマニウム検出器を組合わせた高感度・高分解能ガンマ線分析器を多数、球状に配置した装置 を多重ガンマ線検出装置と呼ぶ。 同時発生する多重ガンマ線を検出して、原子核の構造、特に高スピン状態の構造を調べることを目的として開発された。 原研には12台のアンチコンプトンガンマ線分析器からなる多重ガンマ線検出装置(“GEMINI”)があり、核構造実験で多くの実績を収めている。 今回その新しい応用を開拓したことになる。

多重ガンマ検出法
 多くの放射性核種は同時に複数のガンマ線(多重ガンマ線)を放出することが知られている。 これらを多重ガンマ線検出装置の2台以上の検出器で同時に検出し、得られる複数のガンマ線を2本に組替え、そのエネルギー値を縦軸と横軸とする2次元マト リクス上に事象毎に加算すると、その上では同時計数するガンマ線のペアに相当するガンマ線ピークが現れる。 この2次元ガンマ線ピークを解析することにより、従来の千倍である百万分の1の高分解能が得られ、数千の核種が同時に存在しても全て完全に分離できる。 また、1次元スペクトルのバックグラウンドは2次元平面状では線上に局在するために、それを除いた大部分の領域では数カウント以下に押さえられ、微弱な ピークの検出が可能になり、高感度が達成される。



参考資料


図1.放射性ヨウ素による汚染図1.放射性ヨウ素による汚染



図2.多重ガンマ線検出法図2.多重ガンマ線検出法
図2.多重ガンマ線検出法図2.多重ガンマ線検出法




図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス
図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス
図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス図3.ヨウ素試料の2次元マトリクス



図4.多重ガンマ線検出装置図4.多重ガンマ線検出装置
図4.多重ガンマ線検出装置図4.多重ガンマ線検出装置